自分の子供もタンポポだと思い込んで育てると
それが虐待になることがあります。
子供はタンポポではなくデリケートでナイーブなランかもしれないのですから。
ある一冊の本の中にあった一文(転載ではありません)だ。
私の母はタンポポ。
母の父、私の祖父は
小さな頃に両親を亡くし、親戚に育てられ
肩身の狭いその家から逃げ出すように婿養子に入った。
祖父を婿養子として迎えた母の母、私の祖母は
母が幼いころ、結核で亡くなり
祖父は知り合いに縁談をもちかけられ
自分が思ってた相手ではなかった(勘違いだった)
にも関わらず再婚。
母は両親の愛を知らない父親と
父親に愛されていない義理の母親に
厳しく育てられたわけだ。
私が生まれる前に1歳半で亡くなった私の兄は
体の一部がいわゆる奇形だった。
父と母はそのことを祖父には話さなかったけど
体が弱く入退院ばかり繰り返していた兄に祖父は
「こんな子は●●家の子じゃない!」と言ったらしい。
祖父は婿養子の自分の代で血筋を絶やすわけにいかないと
母を父に嫁がせる条件として
男の子を一人、祖父の養子にすることを約束させてた。
母も早く養子にする祖父の跡取りを産まなくてはと
結婚してすぐの大変な時期に妊娠。
注射一本(何の薬だ…?)で流産を免れたみたいだけど
それが悲劇を招くことになったようだ。
私の兄や、母のきょうだいたちが幼くして亡くなったのは
本当に大切なもの、一番大切なものをないがしろにしてしまっていた
親たちへの罰なのかもしれない。
母は知らず知らずトラウマを引きずってる。
いつも不安で、安心できなくて
親の愛情を得ようとばかりしてきたんだと思う。
だから母には主体性がない。
「〜が〜だから〜だ。」
何かというと人・物のせいにする。
でも母はタンポポだから
私のように自分を見失わず、強く生きてきた。
そして母は自分の子もタンポポだと信じて育てた。
私はよく仮病を使い保育園や学校を休んだ。
母は病気の時だけは
「女の子」「お姉ちゃん」等々のプレッシャーをかけてこなかったし
本当に優しく看病してくれた。
物心ついた時から
明らかに弟達とは違うと感じてた。
実際、今でも違う。
弟たちは自由にのびのびやってる。
いや…のびのびやりすぎてる。
私は音楽の道に進みたかった。
でも母はお金がない、ムリだ
自分は親孝行のために高校卒業後はきちんと就職して
家にお金を入れた
あなたもせっかく商業高校に入ったんだから
就職して親孝行しなさいと
高校受験の時
公立高校に入れたらそれから音楽の道も考えてあげるって
そう言ったのに
そんなこと言ってない、覚えてないと言い張った。
本当にお金がなかったんなら仕方ない。
でもお金がなかったんじゃなくて
私のために出すお金がなかっただけなんだよね。
私が女の子で、いつか家を出て嫁ぐから。
いつか家にお嫁さんをもらう弟に
お金をかけなくてはならないから。
残念ながら母の大事な息子の一人は
どうしようもないダメダメ男だけどね。
今流行りのニート!?
高校中退。
25歳の今も定職につかず遊んでばっかりでただ飯食らってる。
全てにおいて
私は女の子というだけで
お姉ちゃんだというだけで
弟より厳しく育てられた。
跡取りの男として生まれなかった母が
祖父と義理の祖母に厳しく育てられたように。
高校生の時
もう家に帰りたくなくなって
夜の1時を過ぎても帰らなかったことがあった。
家にいると息が苦しくて…
友達といたんだけど
親から連絡もらった彼氏が探し出してくれて家に帰った。
どうせ怒るんだ
私がどんな気持ちでそんなことをしたかも聞かずに
怒るんだ
案の定お父さんが怖い顔で怒鳴った途端
私の中で何かがはじけた。
叫んで
泣いて
息ができなくて…
そんな私を母が抱きしめた。
私が母に抱かれた唯一の記憶。
なのに次の日、疲れて伏せってたら
上の弟が隣の部屋で私の愚痴を言ってて
母も私に聞こえてるとは知らずに
「お姉ちゃん、どうしてあんなふうになっちゃったんだろう」
って言ってた。
布団の中でひっそり泣いた。
小さな時からずっとそうだった。
母と私よりダメな弟に
「お姉ちゃんはダメ」と言われて傷ついてきた。
私をダメにしてたのは
その二人の言葉かもしれないのに。
父も母も
ただ一生懸命やってきただけ。
私を愛してないわけじゃない。
傷つけるつもりなんかなかった。
でもランの花に
タンポポの強さを押しつけた母の育て方と
それに気づかずにいた父親の行動は
私にとっては虐待だった。
頭ではいろんなこと分かってる。
でも思うようにいかない。
気分が悪い…。
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